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東京高等裁判所 昭和60年(う)1341号 判決 1986年2月21日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人丸物彰名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官土屋眞一名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  事実誤認、採証法則違反及び審理不尽の主張(控訴趣意一及び三・6)について

所論は、要するに、被告人M(以下、被告人Mという。)は、自己の専従者給与分が青色申告承認の取消しによってさかのぼって逋脱所得の対象とされるとは全く予見していなかったから、この部分については逋脱の犯意がないというべきであるのに、被告人Mにその犯意を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、採証法則違反及び審理不尽の違法がある、というのである。

しかし、青色申告の承認を受けた人の従業者がある事業年度において所得税を免れるため逋脱行為をし、その後その事業年度にさかのぼってその承認を取り消された場合におけるその事業年度の逋脱所得は、青色申告の承認がないものとして計算した所得税額から申告にかかる所得税額を差し引いた額であり(最高裁昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決・刑集二八巻六号二九一頁参照)、また、右逋脱税額は、青色申告承認の取消しによって専従者給与等の損金算入の処理がさかのぼって否認され、その結果生ずる所得の増加分が逋脱所得の対象となることについての右従業者の予見の有無にかかわりなく計算されるべきものであり、右予見を欠いたということは法の不知の問題であって、逋脱の犯意にかかわるものではないと解するのが相当であるから、所論は前提において失当である。

したがって、事実誤認、採証法則違反及び審理不尽の違法をいう論旨は理由がない。

二  法令の解釈運用の誤りの主張(控訴趣意三)について

所論は、要するに、被告人Mは申告した自己の専従者給与分が青色申告承認の取消しによってさかのぼって逋脱所得の対象とされるとは全く予見していなかったから、このような専従者給与分も逋脱所得の対象とした原判決には刑事罰の不遡及を保障する憲法三九条違反がある、というのである。

しかし、所論のいう予見の存在の欠如は法の不知の問題に帰着し、これが本件逋脱犯の成否にかかわるものでないことなどは、前記一に説示したとおりであるから、所論はその前提を欠く。したがって、論旨は理由がない。

三  量刑不当の主張(控訴趣意二)について

所論は、要するに、原判決の被告人両名に対する量刑は、被告人Mの先代からの弊風を排除しようとしてきた努力や、逋脱額や逋脱割合が著しく高いとはいえないこと等を考慮すると、重過ぎて不当である、特に被告人Mについては罰金刑で処断されたい、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、被告人H子(以下、被告人H子という。)は「甲野病院」の名称で医業を営むなどしている者、被告人Mは被告人H子の従業者としてその業務全般を統括している者であるが、被告人Mが、被告人H子の業務に関し、所得税を免れようと企て、公表経理上架空従業員への給料等を計上するなどし、これによって得た資金は仮名で無記名割引債券を取得することに当てるなどの方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和五六年ないし昭和五八年分につき、実際の総所得金額及び所得税額よりも過少な額を記載した虚偽の所得税確定申告書を所轄税務署長あてに提出し、もって、不正の行為により所得税合計一億八六七五万三一〇〇円を免れたというものであるところ、逋脱税額が高額であること、逋脱率は約四六・九パーセントであって、低率とはいえないこと、所得隠蔽の手口は悪質であるといえることなどを考えると、本件はこの種税法違反事件として相当重大かつ悪質な事件であるといわなければならない。

したがって、被告人両名が反省していること、前科のないこと、その他所論のうち肯認し得る被告人両名にとって有利な情状を十分に考慮しても、特に被告人Mに対し罰金刑で処断すべき事情は見い出し難く、被告人H子を罰金五五〇〇万円に、被告人Mを懲役一年六月・五年間執行猶予にそれぞれ処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 小田健司 阿部文洋)

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